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大阪地方裁判所 昭和33年(わ)52号 判決

被告人

大林康夫

外二名

主文

被告人等を各懲役四月に処する。

本裁判確定の日から一年間右各刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人三名の連帯負担とする。

理由

(事実)

被告人等は、いずれも大阪市西成区旭南通五丁目二番地所在旭カーペツト有限会社の従業員であつて、同会社従業員約二四五名(内女子工員約二三〇名)により組織せられる総評中小企業労連旭労働組合の組合員であり、被告人大林はその副執行委員長、被告人佐橋、同田中は執行委員をしていたものである。

同会社は、昭和二九年一月英国人ハリー・フリツターマンにより設立された対米輸出用のカーペット等の製造を目的とする生産会社であつたが、労働条件に苛酷な点があつたところから、その前身会社であるインターナシヨナル・プロダクツ・インコーポレーテツド(昭和二六年五月設立)時代から労使間に紛争が絶えなかつたところ、昭和三二年三月二二日五〇〇円のベースアツプ要求に端を発して争議に突入し、同年五月一一日会社がベース改訂までのつなぎ資金として一、五〇〇円を同月二五日までに支払い、ベースアツプは同年六月から実施することを諒承したので争議は一応解決したかに見えた。ところがその後会社は経営不振を理由に右協定を実施しないのみならず、同年六月一〇には休業を通告し、更に同月二七日に至り全面的に事業場を閉鎖し、同年七月一八日従員員全員解雇を通告して来たので、組合はこれを拒否し、事業再開のため休業反対、解雇反対等を唱えて再び争議状態となり、これが斗争継続中、会社幹部は市内某所に逃避して容易に団体交渉に応じなかつたため、被告人等は女子組合員約二〇名を指揮して、前記旭カーペット有限会社と代表者(当時代表取締役平林正治)その他役員を共通にし、右会社幹部の事務室等のある大阪市西成区旭南通五丁目三番地(前記旭カーペット有限会社の南隣)所在の有限会社ウールテツクス・リミテツドの事務所内にアジビラを貼付しようと企て、被告人三名は共謀のうえ

第一、昭和三二年八月六日午後一時過頃、前記有限会社ウールテツクス・リミテツド社員大沼信夫がその出入口に施錠したうえ戸締りし、その鍵を自ら保管しつゝ室内において看守していた同会社事務所内に、同人が制止するのを聴かず、ビラや糊馬穴等を携えた女子従業員約二〇名を指揮しつゝ、被告人佐橋、同田中は同事務所の表西側窓から、被告人大林は被告人佐橋等が室内から鍵をはずして開放した北側のバンサプライ事務室との境の出入口から、それぞれ故なくその室内に侵入し、同事務所内の有限会社ウールテツクス・リミテツド一般事務室(一五・五坪)支配人室(七・四坪)、社長室(九・八坪)の壁、天井、硝子戸、カウンター、机、額など一面にところかまわず「首切反対」「給料を払え」「工場再開」「団交せよ」「給料を払わず私達を殺す気か」「平林の殺人鬼」「労働者の敵平林正治」などと墨書した新聞紙四ツ切大のアジビラ約九五〇枚を糊で貼りつけ、パナマ法人ウールテツクス・インコーポレーテツド(日本における代表者平林正治)所有の建造物および前記有限会社ウールテツクス、リミテツド所有の器物(机、額)を著しく汚損し、もつて建造物を損壊するとともに数人共同して器物を毀棄し

第二、右日時頃、前記事務所内において、連絡のため外に出ようとする前記大沼信夫に対し被告人三名において、交々「おまえどこへ行くのだ」と申し向けて出入口に立ち塞がり、両肩を掴んで引きもどし、或いは扉に鍵をかけて、「出て行くことはならん」等と申し向け、又絶えず監視して若し強いて脱出しようとすれば如何なる危害を加えるかも知れないような気勢を示し、同日午後一時二〇分頃から同日午後四時三〇分頃までの間、同事務所から同人の脱出を著しく困難ならしめて不法に監禁し

たものである。

(証拠の標目略)

なお、被告人佐橋、同田中は窓から侵入した点を否認しているからこの点につき更に説明する。

前掲証人大沼信夫の証言によると、当時大沼は判示事務所の三つの出入口は全部戸締して鍵をかけ(表戸はシヤツターをおろす)、その鍵を自分で保管し、従つて、各出入口からの入室は全く不可能であつたところ、判示日時頃、同人が昼食後同事務所内の休養室で横になつていた際、同人と一諸に同事務所を看守していた同僚の今泉達三と被告人大林とがやりとりする声がきこえ、それが次第に騒々しくなつて来たので、大沼が休養室から出て見ると、既に被告人田中、同佐橋の両名が右事務所内に入つて来ていたので、退去を求めると、同人等は鍵がかかつているから出て行けないとあいまいな返事をしてこれに応せず、更に大沼が同事務所の玄関表戸のシヤツターをあけられないためそのハンドルをかくしに行つている間、被告人佐橋は大沼が保管中の鍵箱から鍵を取り出し、大沼が制止するのを肯かず、同事務所内北隣のバンサプライズ事務室との境の出入口の扉の鍵をはずしたところ、すぐそこに被告人大林が女子従業員とともに待ちかまえており、同人等はすぐ同所から本件事務所内に入つて来たことが認められ

次に、前掲証人今泉達三の証言によると、同人は判示昭和三二年八月六日昼食をすませ判示事務所表側の便所において用便中、同日午後一時一五分頃、同事務所西川の戸を叩く者いるので窓から覗いて見ると被告人大林、同佐橋、同田中の三名が外に立つていたので窓の内側から「何か用か」と訊ねると、「入れてくれ」と云うので「鍵がないから駄目だ」とことわるや、被告人大林が窓のきわまで登つて来て「あけてくれ」「どこか鍵がかくしてあるだろうぼけるな」等と云い大声で押問答しているうち、どんと大きな音がし同事務所の表西側の貸事務室に使用し、当時は空室であつた部屋の扉があいて、そこから被告人佐橋、同田中の両名が出て来た。そこで今泉が窓から入つて来たのとちがうかとたずねても二人は返事もせず、出て行つてくれと要求しても相手にしなかつた。そして二人は鍵箱から鍵をとり出し大沼と口争いしながら同事務所北隣のバンサプライズとの境の出入口の扉の鍵をはずし被告人大林が同所から入つて来たことが認められる。

そして以上の事実を綜合すると、判示のように、被告人佐橋、同田中は判示事務所の表西側の貸事務所の窓から侵入し、被告人大林は被告人佐橋、同田中が侵入後内側から鍵をはずした同事務所北側のバンサプライズ事務室との境の出入口から侵入した一連の事実関係を明認することができる。

(弁護人の主張に対する判断)

(一)  弁護人はまず本件有限会社ウールテツクス、リミテツド事務所の建物につき、昭和三〇年八月二〇日付労使間の協定により、組合はその所有権、管理権を取得していたか、少くとも被告人等は右協定により組合のものになるべきものであると信じて行動したものであつて最低限組合の占有権限ありと信じていたもので、建造物侵入についてはなんら犯意がなかつたと主張する。しかし、前掲各証拠によると、当時、昭和三〇年八月二〇日付協定――とくに退職金支払を担保する代物弁済の予約に関する部分――の効力の有無については労使間に争いがあり、従つて、右建物の所有権、管理権の帰属については、必ずしも客観的には確定されていたわけではなく、一方右建造物は依然として有限会社ウールテツクス・リミテツドによつて平穏且つ公然と占有され、本件当時もその社員たる判示大沼信夫が管理者平林正治の命を受けて判示のとおり現実にこれを看守していたところ、被告人等は、約九五〇枚に達する多数のビラを貼る目的から約二〇名の女子従業員を指揮しつつ右看守者の制止を聴かずその意思に反し、その平穏を害する形態で事務所内に立ち入つたのであるから、少くとも場所の平穏を害する意思の下に他人が看守する建造物に侵入した事実は明白であり、従つて建造物侵入罪は成立し且つ特段の反証なき限りその犯意がなかつたものとも云えないので右主張は採用しなかつた。

(二)  次に、弁護人は本件ビラ貼りはいずれも物件に物質的有形的な損傷を与えることもなく、殊更新に加工を施すことなくたやすくこれを除去し、旧に復しえたものである。従つて、本件程度のビラ貼りは軽微且つ一時的な汚損にすぎず、毀棄罪、損壊罪の適用がないと主張する。よつて、按ずるに、前掲各証拠によると、弁護人指摘のように本件事務所はコンクリート平家建洋館であつて本件ビラ貼りにより物質的、有形的な損傷を受けたわけではなく、又原状回復につき新たな加工作業を必要としたものでもなく、又原状回復後は、殆んどその痕跡もとどめていないことが認められる。しかし更に、前掲各証拠に基いて本件当時の状況を仔細に見てみると、先ず判示一般事務室(一五・五坪)の天井、壁、硝子窓、カウンター、机等にはあますところなきまでに判示新聞紙四ツ切大のビラが雑然と糊で貼りつけられその枚数は合計五三五枚であつたこと、判示支配人室(七・四坪)は前示のようなビラが腰板から窓硝子、壁、天井、額縁、机等に雑然と糊で貼りつけられその枚数は合計二三〇枚であつたこと、又社長室(九・八坪)は腰板、窓硝子、扉、机、天井、板壁等に前示のようなビラが雑然と糊で貼りつけられその枚数は合計一九一枚であつたこと、そして右ビラは紙面の裏全面に糊をつけて貼られたものであり、当時夏季で乾燥がはやかつたのと数日間放置されたため清掃には少くとも一〇日以上の日数と毎日四、五人あての作業員を必要としたことがそれぞれ認められる。

ところで、毀棄罪の法益は物質的形体それ自身ではなく、物に内在する本来的効用である。(なおこの本来的効用はその物が持つ本来の使用目的に応じ客観的に定まつているものであり、決してこれを利用する人々の主観に左右されるものでないことは勿論である)。そして物は本来あるべき位置におかれ、或いは本来あるべき外観を持続し、よくその本来の使用目的を果し得る状態にあるときにおいて、その本来的効用を発揮するものであるから、物が本来あるべき位置を失い或いは外観を害されることにより、その本来の使用目的を果し得ない状態に置かれればこれによりその物の本来的効用は害されたものといわなければならない(この場合、原状回復の難易は問題とならないことにつき昭和二五年四月二一日第二小法廷判決参照集四巻四号六五五頁)

これを本件の場合について考えると、前認定のとおり被告人等は合計約九五〇枚に達する多数の新聞紙四ツ切大のアジビラを判示各物件の全面にわたりところかまわず雑然と糊で貼りつけたまま放置したのであるからこれにより右各物件の外観は著しく汚損されて本来あるべき外観は完全に害され、それらの各物件がそれぞれ持つ本来の使用目的を充分に果し得ない状態におかれたことは明らかである。従つて被告人等の本件ビラ貼り行為によつて本件各物件の本来的効用は害されたと認めるのが相当であり、この点の弁護人の主張も採用しなかつた。

(法令の適用)

被告人等の判示各行為中、(イ)建造物侵入の点は刑法第一三〇条第六〇条罰金等臨時措置法第二条第三条に、(ロ)建造物損壊の点は同法第二六〇条前段第六〇条に、(ハ)暴力行為等処罰に関する法律違反の点は同法第一条第一項、罰金等臨時措置法第二条第三条刑法第二六一条に、(ニ)監禁の点は刑法第二二〇条第一項、第六〇条にそれぞれ該当するから(イ)(ハ)の各罪については所定刑中各懲役刑を選択し、(イ)の罪と(ロ)および(ハ)の各罪とはそれぞれ手段結果の関係にあり且つ(ロ)の罪と(ハ)の罪とは一個の行為が数個の罪名にふれる場合であるから刑法第五四条第一項後段および前段、第一〇条を適用して結局最も重い(ロ)の罪の刑をもつて処断することとし、これと(ニ)の罪とは刑法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条本文、第一〇条により重い(ニ)の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で被告人等を各懲役四月に処し、本件諸般の情状に鑑み同法第二五条第一項第一号により本裁判確定の日からそれぞれ一年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文、第一八二条に則り、全部被告人三名の連帯負担とする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 松村利智)

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